夕さん2話 途中

もうすぐ、書き終えると思います、書き終えたら、多分、3分の2 くらいの長さに詰めると思います。長くなりすぎた。

= 夕さん2話
[2016-01-01 23:43]

夕暮れ時の商店街は小さな希望とあふれる大きな落胆だ。口々にお喋りを繰り広げる人たちが、水が流れるように、私を通り過ぎていく。
賑やかな音楽が流れ、いらっしゃいませの掛け声がいくつも重なる、でも。
歩道の端に立ち止まったまま、私は思い出す。
そして、ああそうだったよなと、一人納得して、家路へと歩きだすのだ。

「ただいま、夕さん」
「お帰り、夕子」
カーテンを開けた窓から、薄墨色の空が見える。窓を背に夕さんが座っていた。
夕さんの体を通して空を見る、ふと、私まで空の中程にいるような気がして、信仰心なんて欠片もない私だけど、夕さんは天使かもしれない、そんな気がするのだ。ちょっと、言葉の乱暴な天使だけど。
はっと気づいて、灯りを灯す。夕さんは蛍光灯のスイッチを入れることが出来ない、指がスイッチをすり抜けてしまう。
「やぁ、明るくなった。ありがと」
そういうと、夕さんは倒したスーツケース、それをいつものように椅子代わりに座る。
「晩ご飯の用意をするよ」
「うん」
夕さんが元気よく返事した。

夕さんは暗いのが苦手だ。まだ、私が子供の頃だった、二人で留守番をしていた夕刻、強い雨が降っていて、遠雷、遠く、雷が鳴っていた。
暗くなるにつれて、雷が近づいて来る、いきなり、どんって、雷が落ちた、そして、停電になったんだ。
私、薄暗がりの中で、夕さんがうずくまって声を押し殺すように泣くのを見た、最初で最後の、夕さんの泣く姿だった。そして、私は知った。夕さんは何を触れてもすり抜けてしまう。実体としての体がない、だから、闇の中、自分自身が闇にとけ込んで消えてしまうのではないか、私やお父さんやお母さんに会えなくなるかもしれない、喋れなくなるかもしれない、忘れられてしまうかもしれない、そう思うと、怖くて、悲しくて泣いてしまうんだってこと。
いまはもう、停電になっても夕さんは泣かないけれど、夕さん素振りも見せないようにしているけれど、私も全然気づかない振りをしているけれど、今も夕さんは闇が怖い。

「いい匂いがしてきた」
横から、夕さんがフライパンをのぞき込んだ。
夕さんは味のしっかりしたのが好みだ、はっきりとした匂いがあるから。
「野菜炒め風チャーハンと溶き卵とトマトのスープ、香辛料ちょっと多めにしたよ」
「ありがと、嬉しいなぁ」
私、ちょっと溜息をつく。
「どうしたんだ、夕子」
「なんていうかなぁ、二十年くらいしたら、夕さんと私、親子だなぁって思った」
「というより、夕子も結婚して、私くらいの子供がいるだろう」
諭すような夕さんの言葉に、一瞬、不安がよぎる。
「夕さんもいてよ、私がおばあさんになっても、一緒にいてよ」
「あぁ、頑張るよ」
ちょっと、いたずらげに笑みを浮かべて、夕さん、椅子代わりのスーツケースに戻った。
折り畳み式の小さなちゃぶ台にチャーハンとスープを二つ、一人分を二つに分けたものだ。それに、小皿にちょっとだけ、チャーハンを載せて、ちゃぶ台に載せた人形の前に置く、あの娘だ。
「夕さん、この子、元に戻らないかなぁ」
「元に戻るもなにも、これが本来の姿だ。よほど強い願いがあって、人の姿に化身していたんだろう。古いもの、情の強いものには心が宿る、付喪神と呼ばれるものだ」
夕さんがスープに顔を寄せる、夕さんは食べることができない。ただ、匂いをかぐんだ、それが夕さんの食事で、濃いめの匂いをかぐとお腹がいっぱいになる、だから、ちょっと濃いめの味付けをするんだ。
「私は何も出来ない、料理も作れない。蛍光灯のスイッチすら押せない。夕子の世話になりっぱなしだ。だから、せめてさ、夕子の悩み解決に手を貸してやりたいと思う」
夕さんがいたずらげに、にっと笑った。
「この娘が、何故、人を導き穴に落ちた子供を引き上げさせようとしていたのか。それを考えてみよう」
「それは、落ちた子供が可哀想だから」
ちょっと自信ない。
「なぁ、夕子。外国の紛争地帯で子供が空爆で大怪我してさ、可哀想だと思う、でも、さすがに飛行機乗って助けに行きはしないだろう。でも、夕子が大怪我をしたなら、私はまさしく飛んでいくぞ」
「つまりそれは、この娘の大事な人が穴に落ちてしまった」
「この娘を可愛がっていた女の子が親の虐待が元で穴に落ちてしまった。この娘はその女の子を救い出したい、その強い願いが、あの姿を生み出したんだろう」
「それじゃ、その女の子見つかったから、人形に戻ったっていうことかな。空に浮かんでいった子供たちの中にいたのかな」
夕さんが大げさに溜息をついた。
「あんな穴はいくつもある。大人は、理由をつけては子供を犠牲にするからな」
夕さん、正座をして、あの娘を見つめた。
「大変だったろうと思う。助けてくれる物好きな奴なんかいない。夕子」
「は、はいっ」
「お姉ちゃんのほっぺたは温かいぞなんて、子供の絵本かよなんてことするもんだからさ」
夕さんが、私の顔を見て、にやりと笑いかけた。
「この娘、ほぁんってなってしまって、本来の姿に戻ってしまったわけだ」
「それって、私の責任」
「別に責任だとか、そんなんじゃない。いつかは知らないけれど、いずれ、女の子の姿に戻るさ、願いはまだ叶っていないからな」
「私、腕立て伏せするよ、力つけて、子供たちを引っ張りあげられるようにする」
夕さんが涙を流して笑った。
「私的には思うところもあるけれど、ま、筋トレ頑張ってくれ」

夕さんが匂いを嗅ぎ終えた分も私が食べる、少し、味が薄くなった気がして、ほっとする。
そして洗いものを済ますんだ。会社では新入社員として雑用全般も本来の仕事に加えて押しつけられているから、なんだか、へとへと、心が折れてしまうぞ、社員を大事にしろって思うけど、夕さんと晩ご飯を食べながらお喋りをすると思うと、なんとかやっていける。
いつまで経っても、私にとって夕さんは頼りがいのあるお姉さんだ。こんなこと、口に出すとしっかりしろと叱られそうだから、言わないけれど。
振り返れば、夕さん、じっとあの娘を見つめている。
夕さんは時々不思議だ。私には見えないものを見、聞こえないものを聞いているような気がする。
私がまだ中学生の頃だったと思う。
私、思いついたんだ。夕さんはものに触れることができない、すり抜けてしまう、でも。
夕お姉ちゃん、夕お姉ちゃん。
私、凄いことを思いついたんだ、夕さんに正座してもらって、私も夕さんのすぐ後ろに正座をする、そして、左手をぎゅって伸ばして、夕さんの左腕と重ねたんだ、そして、この腕は夕さんの腕だって思いこむ。
そしたら、すぅっと、左手の感覚が無くなって、夕お姉ちゃん、どんな感じって、私、無邪気に言ったんだ。
夕さん、驚いて左手を顔に寄せて言ったんだ、
「体って。温かいなぁ、ありがとう、夕子」
「うん」
私、得意になって、頷いた、でも、急に夕さん、左手を引き抜くと、私に向きなおって、睨んだんだ。
「ありがとう。でも、二度とするな。これは夕子にとってやってはならないことだ」
今にして思う、私は無邪気に自分の体を夕さんに明け渡そうとしたんだ。それを夕さんが、たしなめたんだ。私は夕さんに叱られてしゅんとしてしまったけど、でも、なんだかとっても嬉しかったんだ。

「おおい、夕子。用事が済んだら、こっち、来てくれ」
夕さんの声に洗い物を終えて、振り返る。
夕さんはあの娘を正面からじっと見つめていた。そして、後ろに回り込んで見つめたり、上からのぞき込んだりしている。
「どうしたの、夕さん」
「夕子。ちょっと、この娘を持ち上げてくれ」
夕さんに言われるまま、両手で持ち上げてみる。
夕さんが下からこの娘を見上げる。
「無いなぁ」
「えっと、何がないの」
「扉。ドアだ」
「え、ドア」
「そうだ。夕子だってそうだろう、他人宅行ってさ、ピンポンって呼び鈴鳴らして、こんにちはって言うだろう。なけりゃ、ドアをとんとんって
叩くだろう」
不思議そうに夕さん、私を見つめる。
「えっと、つまり、家のドアを探しているってこと」
「あの娘にとって、この姿は家のようなもの、呼び出してやろうと思いついてさ、扉を探している」
夕さんが、嬉しそうに笑った。
「夕子はあの娘に早く会いたいんだろう」
夕さんは凄い、そんなの思いつきもしなかった。夕さんはどうして、こんな不思議なことを知っているんだろうと思う。一度だけ、夕さんにどうして、不思議なことを知っているのって尋ねたことがあった。
夕さん、びっくりしたように言った。そんなの常識だろう、夕子、少しは勉強しろよって、いたずらが成功した子供のように笑っていた。

「見つけた。左の小指だ、こいつは大変だ」
夕さん、小さく息を漏らした。そして、スーツケースの上に胡座をかく。私、この娘をテーブルに戻して言った。
「えっと、夕さん」
夕さん、私を見上げた。
「右手の指切りは遊びだ。でも、左手小指の指切りは本物なんだ」
「本物って」
戸惑いながら、私、夕さんの前に座った。
「まだ、子供の頃だ。夕子、私と指切りをしようと左手を出したことがあるだろう」
そう言えばと思う、小学校で同じクラスの女の子が指切りをして、明日の約束をするのを見たんだ。私、それを見て、そうだ、夕さんと指切りをしようと思って、小指を出したことがあった、夕さんにだめだって叱られたんだ、その時。
「指切りげんまん嘘ついたら、針千本飲ます、指切った」
夕さん、左手を後ろに隠して歌った。そして、少し両目を伏せる、言わないけれど、とっても綺麗だ、夕さんは言葉が少し乱暴だけれど、笑ったら、とても可愛いんだけど、目を少し伏せただけで、空気が凛とするんだ。


「嘘を一つついただけで、縫い針千本飲ませるぞって言うんだ、約束っていうより、脅しや呪いだろ。釣り合いがとれやしねぇ」
夕さん、目を伏せて、深く溜息をついた。
「夕さん、泣きたいなら泣いていいんだよ」
「残念ながら、私は泣くのが嫌いだ。泣くことで心を癒すのだ、心の安寧を得ることができるというなら、私は自己との対話で心を癒すことにしているからな。泣く必要がないんだ」
夕さんの石頭は昔からだけれど、多分、夕さんは肉体がないのを、考えるってことで補っているから、真面目だったり、石頭だったりするんだろうなと思う。そうじゃないと、自分自身が曖昧になってしまって、消えてしまうんじゃないか、多分、そう思っているんだと思う。

「この娘は人の子供と指切りの約束をした、約束をしたというより、呪いをかけられたというほうが正解だ。だから、この娘を解放するということは、その呪いを夕子が引き受けることになるかもしれないということだ。縫い針千本、呑むことになるかもしれない。その覚悟がなければ、この娘を飾っておくにとどめた方がいいってことだ」
「夕さん。多分、私、大丈夫だと思う。そんな気がするんだ」
「なんだよ、もう」
夕さん、頭を抱えた。
「夕子は危機意識が足りない。だいたい、あの地面から生えていた子供の腕だって、普通は触らないぞ。誰だってびびって離れるだろうに、しっかり握ってんだから」
「大丈夫だ、夕さん」
私、励ますように言った。
「何が」
拗ねたように夕さん、私を睨んだ。
「私には夕さんってお姉ちゃんがいるんだから」
私の笑顔に、夕さん、うつ伏せになって頭を抱えてしまった。
「姉として、しっかり育てたつもりだったんだけどなぁ。なんで、こんな能天気に育ったんだ」
夕さん、大きく溜息をつくと体を起こして、スーツケースの上に座り直した。
「まぁ、いろいろ言いたいこともあるけど。一つだけ言う。正座」
「はいっ」
夕さんの言葉に膝を揃えて正座した。
「夕子がどんな危険に陥っても、私はその腕を掴んで引き戻してやることはできない。だから、私が逃げろと叫んだら、一目散に逃げろ。私が止まれって言ったら、何があっても止まれ。いいな」
「はい、そうします」
元気に答えた。
夕さん、もう一度、溜息をつくと、ぼぉっと私を見つめた。
「出来の悪い子供ほど可愛いというけれど、出来の悪い妹もまぁ、可愛い、かもしれないな。夕子、足、ゆるめていいよ」
そっと、夕さん、微笑んだ。
かっこいいなぁと単純に思う。子供の頃、夕さんみたいになりたいと思った。それは、半透明になりたいっていうんじゃなくて、なんていうかな、颯爽としていて、とにかく、かっこよかったんだ、いつか夕さんみたいにかっこいい女になるぞって思ったけれど、見た目年齢、夕さんを越えてしまったけど、まぁ、現実は厳しい。
「夕子、この娘を膝に載せな、同じ方向を見るように膝に載せるんだ」
「えっと、はい」
「次は左手で、その娘の手首を掴む」
「こんな感じかな」
「それでいい。次は右手の小指の先でその娘の左小指の根元、とんとんとつつけ。そして、こんにちはと呼び続けろ」
すぃっと夕さんの眼が線を引くように細くなる。
「とんとん、こんにちは」
右手の小指でつつく。なんだか、不思議な感じだ、何か、秘密の儀式をしているみたいだ。
「とんとん、こんにちは」
夕さんが呟いた。
「あの娘が現れるまで続けるんだ。でも、絶対に左の小指でつつくなよ。指きりの約束が成立してしまったら、夕子が縫い針千本、呑むことになるかもしれないぞ」
夕さんの言葉に緊張する。
「とんとん、こんにちは。とんとん、こんにちは」
なんだか、少し、この娘、重くなってきたような気がする、それに少し暖かくなってきたみたいだ。
「とんとん、こんにちは。とんとん、こんにちは」
「夕さん、大変だ。膝、重くなって来たよ」
「よし、夕子、眼を瞑れ」
私、ぎゅっと眼を瞑った。
子供だ、小さな子供が私の膝に座っている。左手の手首もそうだ、これは子供の手首だ。
「夕さん、眼を開けていい」
「いいよ」
眼を開けると、私の目の前にあの女の子がいた、後ろ頭しか見えないけれど、確かにあの子だ。
夕さんがにぃぃと、唇を歪め、笑みを浮かべた。
「おはよう、よく眠れたかい」
眠りから醒めて、焦点が合ったのだろう。いきなり飛び上がると、部屋の隅に背中を向けうずくまってしまった。
「もう、夕さん、脅したらだめだよ」
嬉しくてたまらないと夕さんが笑った。夕さんはちょっと意地悪なところがあるのだ。
私、なんだかいとおしくて、女の子の頭をなでる。
「君、大丈夫だよ。あっちのお姉ちゃんもほんとはとってもやさしいんだよ」
柔らかな黒い髪だ、暖かい、まるで、生まれたてみたいだ。
女の子がゆっくりと向き直って、ごめんなさいと頭を下げた。「謝ることないよ、折角、寝ていた君を起こしたのはお姉ちゃんだからさ」
夕さん、ついっと女の子を見下ろした。
「お前、名前は。名前を教えな」
女の子は首を横に振ると、まだ、ありませんと小さく答えた。
「お前と指切りをした友達は、名前を付けてくれなかったということか」
いぶかしる夕さんの眼を避けるように女の子が深く頭を下げる。
「まぁいいや。なら、夕子、この女の子に名前を付けろ」
「え、いいの」
「いいもわるいも、名前がないと不便だろう。夕子が付けないのなら、私が付けるぞ、例えば、五郎左衛門とか、権兵衛為助とか」
「だ、だめだよ、可愛くない」
本当にこのままだと、変なのを夕さん、付けてしまう。
「よし。私に子供が出来たら絶対付けるぞって名前を君に付けてあげよう。幸せと書いて、幸(ゆき)、君は幸だ」
女の子が驚いたように私を見つめる、そして、そっと笑みを浮かべた。
「なんだよ、夕子。平凡な名前だなぁ。人形繋がりで、佐七とかいいんじゃないか。強そうだぞ」
夕さんの提案は気持ち良く却下し、なんだか、三人家族の生活が今から始まったのだ。

 

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