結婚思案

『結婚思案』

あらすじ

三十路寸前になっても彼女もいない主人公、日向聡は結婚願望を抱きつつ、寂しい日々を過ごしている。そんな彼の日課の一つとして、同じ状況の友人、佐伯と一週間に一度、喫茶店で待ち合わせては、仕事の愚痴やいかにして彼女を獲得するか、などと話しては思案にくれている。そんなある日、日向の幼馴染、清水涼子の経営する喫茶店にて、いつもの佐伯との愚痴の言い合いを始めるべく、やって来たところから話が始まる。遅れてやって来た佐伯が今、まさに告白したいが、勇気がなくて告白できないのだという女性を連れてやって来る。そこで日向と清水は、何とか佐伯に告白させようとするのだが。


登場人物

・日向聡 (主人公)
・佐伯悠 (幼馴染)
・水野涼子 (幼馴染)
・日向(父親)
・客(男)
・客(女)

 

われんばかりの拍手喝采、そして口々に「おめでとう」や「とうとうやったな」などと声がかかる。
佐伯 日向、おめでとう。流石の俺もお前にはかなわんよ
日向父、マイクを持って声高に叫ぶように。
日向父 皆様、有難うございます。愚息、日向聡がこのような分極まる立場に就くことができましたのも、すべては皆々様の御力添えのおかけでございます。高いところからではございますが、私共家族、皆様への感謝の念に耐えません。本当に皆様、有難うございましたー。では、息子、聡にマイクを渡しまして
男 おおい、静かに、静かに
少し間を持たせ、日向聡、少し声を上ずらせながらも、努めて冷静に。
日向 今回このような三十歳突入祝賀会をにぎにぎしくも盛大に開催していただき
女 聡さんー、おめでとう
日向 あ、花束を、これはこれは、ありがとうございます。えー、開催していただき有難うございました。思い起こせば、三十年前、未だ開かぬ両の眼の代わりに心の眼でこの世界をかいま見、あぁ、なんてすばらしい世界なのだろうと思いましたのが私の最初の思案でございました。そして、それが三十年前の正しく今日でございます。それからというもの、皆様のご声援をいただきつ、そう、急な階段を一段一段登るがごとくの労苦に我が身を委ねて参りました。時には先人に倣い月に向かいて、『吾に艱難辛苦を与えよ』と叫んだ夜もございます。そしてこのような苦労と、なによりまして、皆様の寛大なるご支援を受け、私、(一段と大声で)今日、本日を持ちまして三十歳、三十歳、三十路となりました。
皆様のおかけです、ありがとうございます、三十路になれたなんてこんな嬉しいことはございません。ありがとうございます。あ、おひねり受付中でございます
拍手喝采、最初にも増して盛り上がる。やがて拍手が消えていき、それに代わるようにして一九世紀の英国を想起させる室内楽が流れてくる。喫茶店にて。
水野 日向ちゃん、そのうつ向いての独り笑い、哀しいものがあるよ
日向 あー、あぁ。ごめん。ちょっと考え事してた
水野 ふふ、自分の年齢のことでしょ。気にしても無駄よ。ねぇ、三十歳までに結婚相手を見つけるっての、もう諦めたら
日向 あのー、言ってくれる・・・
ドアに取付けたカウ・ベルが鳴る。
水野 いらっしゃいませ
水野 日向ちゃん、ホットにしとくよね
言い残して水野が次の客のところへ水を持って行く。
日向独白 会社がえりの若い男。いま・・・、八時。閉店まであと一時間ある。そろそろ佐伯も来るだろうし。しっかし、まぁ・・・、俺にしても佐伯にしてもまさか二十代も終わりになって、彼女の一人もいないなんて、情けない話。俺の二十歳成人式の時の予定では、今頃にはとっくに結婚して二人くらい子供がいる筈だったのに。
毎週、佐伯とここで顔を突き合わせては、どうやって彼女を見つけるかの相談と仕事の愚痴。情けないよねぇ
水野、コーヒを持ってくる。
水野 どうぞ
少しおどけたように。
水野 お仲間、遅いね。早く週間報告し合いたいのにな。ねっ、何か成果あった
日向 あったら、涼子の好奇心を刺激していません、その娘とめくるめく一時を過ごしてるよ、ああん、日向さんーってね
水野 はは、売り上げにご協力いただき、ありがとうございます
間、水野、日向の前の席に座って。
水野 ね、思うんだけど日向ちゃんって、高望み、ううん、ないものねだりじゃないのかなぁ
日向 ないものねだり・・・
水野 そっ。言い換えれば大人になりきれてない
日向 大人になりきれてないって、俺、涼子と同じ、二九歳と半年・・・
水野 しっ、声が大きい。あたしバツ一の子持ちだけど、店では、まだ、二五歳なんだから
日向 それって、詐欺
水野 人聞き悪いなぁ、喫茶店は夢を売る商売、愛嬌ってやつだよ。それに化粧とったら二十歳でもとおるんだからね
日向 あ、なるほど、確信犯ってやつ
水野 ・・・まっ、その話は横に置いといて。あたし、子供の頃から日向ちゃんって呼んでるよね。ねっ、普通、三十路前の男になってもちゃん付けなんかする
日向 まっ、確かに
水野 でも、日向ちゃんの場合、君付けやさん付けって、似合わないんだよね
日向 ちょっとむっとするけど、確かにちゃんづけされること、多い
水野 日向ちゃんは見た目、確かにおじさんなんだけど
日向 あの・・・
水野 なんだか子供なのよ。大人になり切れていないって意味でね
日向 子供・・・、っか・・・
水野 かわいそうだし、少年って言い換えてあげてもいいけどね
水野、小さく笑う。
日向 正直に言うけど、思い当たる節・・・。うん、ある
日向、考え込むようにして
日向 女性と話して、やっぱり、そう思われたらマイナスだよね
水野 思われるかどうかやなく、自分がそうであるかどうかが問題。だけど、いま、あたしが言いたいのは『ないものねだり』のこと
日向 ないものねだり・・・
水野 うん。多分、日向ちゃん、自分では意識してないと思うけど、女性に対して期待し過ぎてる
日向独白 涼子、引き込むような笑みを尾かに浮かべると、口を閉ざしてうつ向いた。彼女とは佐伯同様、もう小学生の頃からのくされ縁、この笑みにも、いい加減、慣れてはいるけれど、それでも・・・、一瞬、心臓が高鳴る
水野 あたしが結婚する前に、日向ちゃん、自分で作った小説くれたよね。せっかく買ったワープロに埃被らせておくのも、もったいないから書いてみたって。覚えてる
日向 三年前かな。『鞄』ってのやったね
水野 若い男と幽霊の淡い恋物語。こらこら人が結婚、結婚って大騒ぎしているときにって、内心思ったけど、読んでみて、あ、いいなって思った
日向 えっと・・・。それはどうも
カウ・ベルが鳴る、ドアの開く音。若い女性が入ってくる。水野、ゆっくりと顔を上げる。澄ました声で。
水野 いらっしゃいませ
日向に向かって小声で。
水野 お客さんだ、ごめんね・・・
日向独白 まどからそとをながめる振りして覗いて見る。十代後半の女性だろう・・・、先程入ってきた男と向かい合わせに座った。待ちあわせか・・・。
(珈琲をすする音)(溜め息)『鞄』か・・・、すっかり忘れていた。一度だけ小説めいたものを書いたことがあったんだ。真面目なだけの風采のあがらない男と、美しい少女の幽霊との淡い悲恋の物語
水野 その少女の幽霊が最後に男と別れるとき、これがあたしにできるたった一つのお礼です、そう言って、一輪のリンドウを彼に差しだして消える
日向 ・・・え、涼子、いつの間にか、お客に珈琲を出して俺の前に座っている
水野、笑いをこらえるようにして。
水野 二十年以上の付き合いだもの。日向ちゃんの心の中、簡単に推理できるよ
日向 ・・・なんか、落ち込んだ
水野 はは、落ち込め、落ち込め。ふふ、それで、あたしが言いたいのはこういうこと。日向ちゃんの小説は、自分の願いや思いをひたすら綴っただけ。可愛い女性、自分に逆らわぬ女性、自分の思い通りになる清純な美しい女性、そういう女性を守りたい、守ってあげたい、いや、守らせてくださいませってね
日向 わかってるよ、俺も一年ほどしてから読み返してみて、恥ずかしくなって、夜中、駆けずり回ったんやから
水野 へぇー、なるほど、ちょっとは日向ちゃんも成長してるんだな
カウ・ベルの音。ドアが開く。佐伯が入ってくる。
水野 佐伯君、遅よう、元気してた
日向 あー。佐伯は君付け
水野、軽く笑い。佐伯、二人のテーブルにつく。
佐伯 どうした、涼子。笑って
水野 ちょっと、日向ちゃんをいじめてただけ
水野 ね、いつものレモン・ティーでいい
佐伯 いや、俺、ちょっと・・・
佐伯 日向、俺、ちょっとこれから、人、送っていくから・・・
日向 送って行くって、ひょっとして・・・
水野冷静に。
水野 うん。それって、もしかして、佐伯君。・・・そうなの
日向独白 佐伯、蛇ににらまれた蛙みたいにすくんでる
急に水野、はしゃいで
水野 きゃあ、佐伯君、おめでとうー
水野、囁くように。
水野 まだ、お客さんいたんだ・・・、ほら、日向ちゃん、小さく、拍手っ
二人で拍手
水野 で、佐伯君。彼女はいずこにおわします
佐伯 いや・・・、あの。車の中で待ってもらっていて
水野 はぁー、あの・・・、もしもし。車の中って・・・。まっいいわ、ねっ、それで彼女とはどこまでいったの。言っとくけど、映画や遊園地やなんて答えたら、お姉さん、怒るよ
佐伯 いや。あの・・・。昨日から残業を手伝ってもらってて、帰りが遅くなるから送ってあげようって
日向 良いシュチュエーション。車の中って密室、仕事疲れの尾かな疲労感がなにかしら甘い零囲気を醸し出し。な、佐伯、お前は彼女のこと、どうなの

水野 佐伯君、顔、赤いよ。・・・ということは
日向 決まりっ、だね
佐伯 おい、俺は・・・。別に彼女には・・・
水野 酒も飲んでいないのに赤い顔、もつれる言葉、消え入る口調。お姉さん、佐伯君の心の内、しっかり受け取ったよ
日向 心の内って
水野 つまりはこういうこと。佐伯君は彼女と素敵な関係になりたい、だけど、あぁ、こういう状況に馴れていない俺、どうしたらいいんだ、なっ、お前ら二人、幼馴染だろ、助けてくれよ、これが佐伯君の本心。あ、それに、おい、それくらいのこと、俺が口に出さなくても察してくれよって、ふむふむ
日向 なるほど、そうか。ごめん、佐伯、俺もお前の気持ちすぐに分かるべきだったよ
佐伯 お前ら、かってに、そんな決め付ける・・・
水野 それじゃあ、こうしよう。この瀟洒な喫茶店を舞台に、佐伯君と彼女が親睦を深めあう。あたしと日向ちゃんでお膳立てするからね。さあ、佐伯君は彼女、呼んで来て
佐伯、今にも泣き出しそうな。
佐伯 お、おい
水野 佐伯君、入ったら奥のカウンター近くのデーブル、うん、そこに座るんだよ。彼女は入り口側の、カウンターが見えるほうの椅子に座らす
佐伯 待て、お前ら勝手に決めるな
水野 行くの、早く
間、日向、ぽつりとつぶやくように。
日向独白 ・・・涼子の佐伯を見据える鋭い眼・・・、二十年以上付き合ってもまだわからない。考えてみたら、俺も佐伯も小学校の頃から、涼子に最後まで逆らいきれたことがない。結局は佐伯もしぶしぶ彼女を呼びに行った。しっかりした幼馴染だね・・・
日向 なんだか張り切ってるな、涼子
水野 あたし、面白いこと大好きだもん
日向 人の恋路の行く末、楽しんでるな
水野 友達の幸せを手助けできる、あぁ、友人冥利に尽きます
日向 ものはいいよう。なっ、俺はどうしたらいいの
水野 簡単、簡単。あたしが合図を送るから、そうしたらすっと彼女の横に座って、『よぉ、彼女、こんなつまんない奴、ほっといて俺といいことしよう』って、彼女の肩に腕を廻す
日向 あの・・・
水野 そこで佐伯君が、『君、失礼じゃないか』って、すっくと立ち上がり日向ちゃんの襟首を掴んで
日向 いててて・・・。ごめんなさい、二度とこのようなことはいたしません
水野 そっ。そしてすごすごと日向ちゃんは退場
日向 ええ加減にしなさい
二人で。
日向・水野 失礼しましたー、ちゃんちゃん
日向 つまんないことを・・・
水野 今度は真面目、真面目。日向ちゃんはうちの合図ですっくと立ち上がり、たったっと店を出て行って
日向 きゃー、無銭飲食。誰かつかまえてー
水野 そこへすっくと佐伯君、立ち上がり・・・。はは、二人で遊んでても仕方ない。三度目の正直。しっかり、真面目。日向ちゃんはあたしとカウンターで喋ってくれてたらいい、話の内容はあたしが先導する。そう、切々とあたしへの恋心でもうちあけてくれてたらいいかな。で、適当なところで、あたしが話を切り上げるから、そうしたら、とっとと帰って
日向 え・・・、帰るの。待てよ、俺も友人として最後まで見届ける義務がある
水野 ふふ、義務ときましたか。ね、日向ちゃんは裏口、知ってるでしょう、そこからぐるっと廻ってカウンターの中にひそんでいて。あたしもすぐに行くことになるから
日向 一応は佐伯と彼女が二人っきり
水野 そう
日向 なんか、気まずくならないか
水野 大丈夫、あたしがうまく話を持って行くから。だけど、詰めは
日向 佐伯自身の問題
水野 そういうこと。九割方はこっちで段取りするんだよ、最後の詰めは本人にしめてもらわないとね、なんだか、出来の悪いの彼女に押しつけるみたいで、心が残るもの
カウ・ベルの音。
日向独白 佐伯と彼女が入って来た。佐伯・・・、顔、引きつってる・・・
水野 いらっしゃいませ
少し離れた位置から。
佐伯 ね、清水さん。眠気醒ましに珈琲でも
日向独白 あいつ、意味不明なことを・・・、彼女きょとんとした顔してる。だけど、俺も研究しておこう。こんな時の台詞
佐伯 さ、さぁ、清水さん、どうぞ
椅子を引く音。
日向独白 佐伯、ご丁寧にも彼女に椅子引いて・・・。あれ。涼子が言ってた方と反対の椅子・・・
水野、押し殺した声で。
水野 あいつは、もう・・・
ささやくように。
日向 佐伯、頭ん中、極度の緊張でパニックみたいだね
水野 仕方ない・・・
一瞬の風の流れる音。
日向独白 うっ、涼子、片手にコップ載せた盆を持ってカウンター、飛び越えた。なんてやつ。音もなしで佐伯の後ろを取った。そういえば、涼子、亭主、どつき倒して離婚したんだった。確か、一ヶ月、亭主入院したとか・・・

水野、明かるくはしゃいだふうに。
水野 きゃぁ、陽子じゃない。私、覚えてる。涼子よ。ひさしぶりよね、もう何年になるんだろう
清水 え・・・、私・・・
日向独白 涼子、彼女を抱きしめてはしゃいでいる。そして、すっと彼女を予定していた椅子に座らせ、自分もその横に座った。唖然として突っ立っている佐伯、一人、寂しそうに
水野、少ししんみりとして。
水野 ほら、私の父さんって、転勤多かったでしょう、陽子の学校、半年で転校した後も、五回も学校替わって、それに、私、あの頃、荒んでたから、友達もできなくて。だから、私・・・、陽子だけが友達だった・・・。本当に会いたかった。本当に・・・
清水 ごめんなさい、私・・・。清水恵子と云います。人違いじゃ・・・
水野 え・・・。あ、あっ、あはっ・・・。清水・・・、恵子・・・、さん。ごめんなさい。私、本当にごめんなさい
日向独白 涼子、おおげさなくらい恐縮して立ち上がった。ん・・・、目元に涙・・・、そっと人差し指で拭う。あいつ、自分の演技に酔ってるな
清水、やさしい声で。
清水 会えると・・・、良いですね
日向独白 涼子、目元を潤ませたまま、独特の間を取って、そっとうなづいた。そして佐伯に振り向く
水野 えっと・・・。はは、ごめんなさい。確か・・・、さ・・・、佐伯さんでしたよね。おくればせながら・・・、いらっしゃいませ・・・、なんに・・・、なさいます・・・
佐伯 あの・・・、レモンティーで
水野 レモンティーですね。清水、さんは・・・
清水 私も同じで
日向独白 涼子、こくっとうなづいて・・・。俺、よく考えたら昔から女性不信の気があったけど、これ、涼子の所為だよ、本当に。ん、戻って来た・・・
水野、ささやくように。
水野 十点満点でいくら
日向、同じようにささやいて。
日向 九点
水野 ん・・・、あと一点は
日向 俺の良心の分
水野 なるほど、なら、事実上は満点か。よし、上々
レモンティーの準備をする音。だんだんと、その音が遠くなっていく。
佐伯と清水の会話。
佐伯 ごめんね。つき合わせたりして
清水 いいですよ。バスで帰ったら、もっと遅くなるんだから。だけど、佐伯さんって、以外
佐伯 え・・・
清水 ふふ、だって、佐伯さんって、いつもよれよれのシャツ着て、靴だって、薄汚れてるし、ほら、髪だってぼさぼさ
つっと清水、佐伯の前髪を引っ張る。
佐伯 あ・・・
清水 どっちかって言うと屋台でラーメンすすっているって零囲気なのに、ここ。私、このお店のこと情報誌で紹介されていたの見たことあるんですよ。中世、英国風の喫茶店で恋人達に一押しの店って
佐伯 そ、そうだね。俺もここが好きで。なんか、落ち着いて
清水 そうですよね
日向と水野のささやき声。
日向 この店、そんなに人気あったの
水野 当たり前やろ。あたしの店なんだから
日向 なるほど、それ、妙に説得力ある
水野 妙には余計。だけど・・・。清水さんの方、結構、乗り気と見た。どう、日向ちゃんは
日向 たしかに恋愛専門家の私に言わせますと、彼女、ガード、低いね。うまく行きそうだ
水野 うん。あたしもそう思うけど。ちょっと不安
日向 不安って
水野 ガード、低すぎないかな。正直、佐伯君って日向ちゃん同様、もてるタイプじゃないのに
日向 あの・・・。言ってくれる
水野 ふふ。うちの言い様は昔から。さて、とりあえず反応を見てみるか
場面、佐伯、清水に戻って。
水野 どうぞ、お待たせしました。あ、それから、これ、(声をひそめて)このチーズ・ケーキはサービス
清水 え・・・。でも
水野 気になさらずに。本当に私、嬉しかったから。ね
日向独白 涼子得意のアルカイック・スマイル。ギリシャの娘像にある清楚な笑み、って、涼子、よなよな、鏡向かって練習してるんじゃないやろな。ん・・・
声をひそめて。
水野 さてと、日向ちゃん。作戦、二段階目に入るよ
日向 二段階・・・
水野 そっ、じゃあ、作戦会議しよ。耳かして
日向独白 ・・・涼子、自信たっぷりに笑みを浮かべた・・・。まるで、完全犯罪を思いついた推理作家か、犯人の様。どちらかというと、犯人。やっぱ、俺の女性不信の影、こいつの所為やな

間、音楽が流れて。
佐伯 ね、清水さん・・・。あの、唐突なんだけど・・・
可愛らしく。
清水 え・・・
佐伯 いや、あの・・・。はは、本に載っているだけあって、おいしいね。本当
清水 どうしたの。鼻の頭、汗かいてる
佐伯 え・・・。そっかな。俺、ちょっと・・・。あ、うん。俺、ちょっと、風邪気味で。ごほげほ

唐突に場面変更。
日向 あの・・・、涼子さん
水野 はい
日向 お嬢さん、奈々子ちゃんって云うだっけ。もう、いくつなの
水野 明日が二歳の誕生日。ふふ、一歳の頃は親の欲目プラスでお人形みたいに可愛いいて思っていたけど、喋れるようになってからはオートリバースのテープレコーダ。もう、うるさいだけ
日向、笑いながら。
日向 だけど子供は元気が一番だよ
水野 そうだけどね。でも・・・、いたずらした時なんか、しっかりと叱ってくれる男の人がいたらいいなぁって思う、女親だけじゃあね
日向 ごめん。辛いこと思い出させてしもて
涼子 はは、お気になさらず。あたしも時々、古びた写真でも引っ張りださないと、あれっ、あいつどんな顔してたっけ、て思うくらい。
だけど、とうして死んじゃったんだろう、あいつ・・・。勝手に・・・、交通事故なんかで・・・
日向独白 涼子、そっと俯いて表情を隠した。亭主を一月入院させた人間とは思えないほど、寂しげな演技。尾妙な間をとって、涼子、顔をあげた
涼子 日向さんはまだ結婚しないの。いつだったかな、まだ独身なんだって言ってたよね
日向 う、うん
水野 結婚に興味ないのかな
日向 ないことはないけど・・・、ね、俺、思うんだけど、結婚してなんかいいことあるのかな
日向独白 涼子、一瞬、我が意を得たりとにっと笑みを浮かべた
水野 そうよね。確かに自由に使えるお金も減るし、気苦労も増えるけど・・・。でもなんていうのかな、それと引き換えにしてもいいくらい、嬉しいことや、充実感がある。あたしも上手くは言えないけど、結婚したとき、これから自分の自分自身の人生が始まるって感じた。そして、言葉だけでなく初めて理解をしたの、人は一人では生きていけないってこと、どんなつまらないことでも、二人で生きて、何かを形作ろうって嬉しさ。あたし・・・。結婚には迷ったけど、それでも本当に結婚してよかったと思う、もう、そういう喜びはあたしには戻ってこないけど、それでも・・・、良かったって思える
日向 そっか・・・。ね、それ、俺と・・・
日向、囁くように。
日向 ほ、本当に俺、言うのか
水野も囁くように。
水野 言うの、ここからがいいんだから
日向、少し声を大きく。
日向 俺と、あの・・・。あの、友人と映画を見に行こうって約束していたのが、そいつ、あの、急に行けなくなって・・・、それで、あの・・・。明日、お店休みでしょ、奈々子ちゃんと、三人で、良かったら、映画、見に行きませんか
水野 映画ですか・・・
日向 具合、悪いですか・・・
水野 ごめんなさい、まだ、無理なんです。まだ・・・。ごめんなさい・・・
日向 お亡くなりになった御主人のこと・・・
少し涙声で。
水野 ふふ、おかしいですよね。時々、顔すら忘れている人に
日向 素敵な人だったんですね
水野 そんなことないんです。風采のあがらない、薄汚れた零囲気が躯に染み付いてしまった人で。でも・・・、私がいないとだめな人だったんです。だから、だから・・・
日向 なんだか、そういう涼子さんの顔って、嬉しそうですよ
水野 そうですか。どうしてだろう、あんな奴のこと。本当に先に死ぬような勝手な奴・・・。これが喧嘩別れだったら、忘れることもできたのに・・・
日向 不謹慎だとは思うけど、俺、その人がうらやましい
水野 え・・・
日向 涼子さん
水野 はい・・・
日向 俺、また、・・・来てもいいですか
日向独白 涼子、一瞬、辛そうに俯いた。尾かに握り程めた手が震える。そして、間をとって、ゆっくりと顔をあげた。目元を涙に潤ませて・・・。少女のようなまぶしげな笑みを浮かべた
水野 待って・・・、います・・・
日向独白 やばい、十点満点で二十点渡したくなるような笑み。本当に・・・。惚れてしまう、のは辛い
日向、つぶやくように。
日向 良かった・・・。それじゃあ
水野 ・・・はい・・・

カウベルの音、日向、外に出る。

日向、ささやくように。
日向 状況はどう
同じく、水野、ささやくように。
水野 面白い零囲気になって来た。あとは佐伯ちゃんの思い切りだけ

間。清水、小声で。
清水 水野さん、子供、いるんだ・・・
佐伯 え・・・。あぁ。そう。何度か、見たことがある。小さな女の子。それが、どうかしたの
清水 ううん、子供がいるって零囲気じゃなかったから
佐伯 そうだね
清水 さっき言ってたよね、カウンターにいた人と、あの人。御主人が亡くなっても、今も自分の心の中に愛したあの人がいるんだろうな。私、うまく言えないけど、うらやましいなって思った。私にもそんな人がいてくれたらな
大きな声で。
佐伯 清水さん。俺
清水 え・・・
佐伯 俺と付き合ってください
清水 あ、あの
佐伯 俺、毎日、風呂に入ります。服にももっと気を付けるし、髪型も替える。もちろんそんなことでは意味がないて思うかもしれんけど、俺、精一杯頑張るから
佐伯 俺と付き合って欲しい
清水 御免なさい。私、無理なんです。だから・・・
日向独白 清水さん、かなり複雑な笑みを浮かべた。涼子、少し首を傾げてる、あの笑みが判断しきれないよう
清水、つぶやくように。
清水 一週間前に、五年付き合っていた人と私、別れました
佐伯 ほな、その人のことを
日向独白 清水さん、尾かに首を横に振った
清水 あいつのこと、憎んでいる、そういう意味ではまだ、あいつに縛られているかもしれないけど。でも無理なのは・・・、理由は・・・、私、あいつとの赤ん坊を降ろしてしまったから、あいつが生むな、赤ん坊なんて邪魔くさいだけだって・・・、言うから、言うから・・・、ううん、なんて言ってもあたしはあたしの大切な子供を殺した、あたしが殺したんだから
日向独白 痛ったた、涼子、俺の手を思いっきり掴んで、歯を食いしばっている
佐伯 俺。清水さん、あなたが入社して以来、ずっと好きだった。そして、いまも好きなんだ。俺には清水さんがどれほどの苦しみを抱いているのか、全てはわからない、どれほど苦しんだのか、ホント売りのところはわからない。でも、でも、俺、好きな人が、俺の知らないところで苦しむのは耐えられません、俺には、清水さんの苦しみを拭う力はないけど、せめて、せめて、自己満足て思うだろうけど、俺、清水さんと一緒に苦しませて欲しい
清水 佐伯さん・・・
日向、小声で。
日向 一件落着ってとこか・・・
水野 ううん、まさしくこれからが始まり
日向 ところで、涼子、一つお願いがあるんだけど、いいかな
水野 ん・・・
日向 手、離してくれる。かなりしびれて来た
水野 あ・・・、ごめん

水野 ありがとうこざいます。七百四十円です
佐伯 はい
レジの音。
水野 また、来てくださいね
日向独白 佐伯、少し緊張した面持ちでうなずく
水野 清水さん。また、来てね。待ってるから。そう、今度、来てくれたときには試食してもらおうかな、最近始めた自慢のタルトがあるんだ
清水 楽しみにしてます。それに私も気になるから
水野 え・・・
清水 御免なさい、さっきの男の人との話、聞いてしまって
水野 はは、そう・・・、そうよね
カウベルの音。ドアが開き、二人、出て行く。
客男 あ、あの・・・
水野 へ・・・
水野、つぶやくように。
日向独白 二人連れのお客さんのこと。すっかり、忘れてた・・・
客男 あの、僕達が言うことじゃないとは思うんだけど。考えてみたら、あの、どうでしょうか
水野 考えるって
客男 あの人との再婚を。もちろん、面識のない、僕達がこんなこと言うのは、本当に失礼だと思うんです。でも
客女 ごめんなさい、さきほどのお話、つい、聞いてしまって
客男 思うんです。本当にあの人、あなたを大切に思っているって
客女 私たちも、若すぎることや仕事のことで、お互いの両親から結婚を反対されています。でも、でも・・・、本当に私たち、お互いを必要としているんです
少し間を置いて。水野、落ち着いた口調で。
水野 本当に失礼な人たち。だけど、・・・嬉しいな。なんか、気持ちがやわらかくなるような気がする。でも、ごめんね。まだ・・・、無理。それに恐くてね。彼を好きになることが、そして・・・、今度好きな人を失ったら、私、もう、生きて行けない・・・、から
日向独白 昔、ほんのちょっと唇を噛むだけで、死を決意しているて表現した女優がいたけど、涼子・・・。一瞬、唇を噛んで俯いた。そして、ゆっくり顔をあげる
水野 でも、ありがとう・・・。なんだか・・・、どう言ったらいいのかな、勇気みたいなものが出て来た・・・。(少し涙声で)ありがとう・・・
客男 僕達もこれから、彼女の家に行きます。認めてもらうために
日向独白 涼子、笑みを浮かべたまま、そっとうなずいた
客男 それじゃ
カウベルの音、ドアが開き、閉まる。
水野、小さく溜息。
水野 ばてた・・・
日向 涼子、良心の呵責に苦しんでへん
水野 それは大丈夫。長い間、良心を箪笥に仕舞いこんで、そのままになってるから。だけど、ちょっと・・・。ね、マスター。アップル・ティー、お願い、少し甘目で
日向 いつのまに、俺、マスターになったんだ。俺の時給、高いよ
そう言いつつ、日向、アップル・ティーを作る。
とんと、涼子の座るテーブルにアップル・ティーを置く音。
日向 どうぞ
水野 ありがと
日向、向かいに座る。水野、飲む。
水野 日向ちゃんって、なんでも、それなりにこなしてしまうね。ちょっと、それって、寂しいな
日向 不器用なほうがええの
水野 ふふ、さあね
日向独白 涼子、そっと視線を落とし、小さく吐息をついた。尾かに覗く表情に、疲れた笑みが浮かぶ
水野 なぁ、一つ聞いていいかな
日向 何を
水野 日向ちゃん。本当は結婚したくないって、思ってるでしょう
日向 俺が・・・
水野 うん
日向 そう、まだ・・・、俺が高校生の頃やったかな、漠然とした結婚観を持っていた
水野 好きな人と、本当に思い合うことのできる人と、できるだけ、同じ時間、同じ場所をを共有したい
日向 そう素直に思えた
水野 いまはどうなの
日向 共有したいと思うものが理解ってものに変わった。それだけ
水野 それで
日向 そう。女性と付き合ってみたいなって思うけど、どうしても結婚したいとは思っていない、本心ってやつ
水野 やっぱりね。日向ちゃんは結婚相手が欲しいのじゃなくて、相棒が欲しいんだ
日向 相棒・・・
水野 そっ。結婚するていうのと、人生の相棒を見つけるって言うのは、傍から見たら、たいしてかわらないけど、内実はまったく違う。もちろん、運の良い人間は結婚から、相棒へとお互いを昇華させて、それこそ理解しあうなんて境地に達するのもいるかもしれないけど
日向 相棒か・・・。そうかもしれない。昔、思った。俺と君、それぞれ、別の路を歩いていても、時として、二人の路が束の間、重なるときもあるでしょう。お互い、理解し得ておったら、疑心暗鬼になることもなく、それぞれの路を歩むことができましょうって
水野 ふふ。これなら日向ちゃんとでも結婚しておったほうが楽だったな
日向 ね、涼子はどうなの。再婚とか
水野 話はあるよ、くさるほど。世の中、美人は得、離婚暦も連れ子も容姿で簡単に補える。バカな男が多いもの
日向 なら、結婚の予定はあるのん
水野 なし。ね、結婚して、なんかいいことあったら教えて。全部、あたしが否定してあげるから。事細かく論理的に例証まであげてね
日向 なんか、さっきの話と百八十度違うみたい
水野 いいじゃない。お付き合いしたい、結婚したいって思ってる人のわざわざ邪魔する必要なんかない。あたしは自分の考えを他人に押しつけるんは嫌いだし、もっとも押しつけられるのはもっと嫌やだけど
日向独白 俯いたままの涼子の表情が手に取るようにわかる。考えてみたら涼子との付き合いも二十三年になる。ほんの小さな子供の頃から、佐伯と三人、大抵、一緒に居た。不思議と気が合って。近くの小川で泳いで遊んだことから、空手の道場へ通うから、付き合えと涼子が言いだして、佐伯と二人、びくびくしながらついて行ったこと。もう子供の頃なんて、思い出せなくなったことが多いのに、不思議と涼子とのことだけは、まるで昨日のことのようによみがえる、そしてどうしようもなく、思い出してしまう。涼子の結婚式。どうして涼子は結婚したんだろう、どうして離婚したんだろう
水野、凍えた声で。
水野 知りたいのなら、訊けばいいのに
日向 涼子・・・
水野 あたしは日向ちゃんの思うことなら、なんでもわかる
日向 なら教えて。涼子の結婚のこと、離婚のこと
水野 そっか・・・、日向ちゃん、そんなこと考えておったんか
日向 へ・・・
水野、少し笑みを浮かべて。
水野 あたしでもわかんないことぐらいあるよ。ね、日向ちゃん、晩御飯まだだよね
日向 あ。う、うん
水野 残りものの材料で悪いけど、ピラフ、作ったげるよ
日向 なら、俺。手伝う
水道の音、包丁の音。二人、ピラフを作りながら。
水野 結婚した理由は簡単。親は女の幸せは結婚だぁって攻め立てるし、親戚はくだんない見合い写真を山にして持って来るし。なんだか、結婚しないことがとてつもなく親不孝みたいな零囲気になってしまったんだ。へんだよね、あたしの両親って、娘に結婚を強要させるほど、素敵な夫婦じゃないのにさ
日向 そんなに涼子、責められてたの。そういうの、なんとなくわかるような気するな
水野 あ・・・、やっぱり
日向 え・・・
水野 日向ちゃんにしても佐伯君にしても、あたしの回りの男ってなんて鈍感ばっかりなんだろう。あたしが、あんなにSOS発信してたのに、ぜんぜん、気づかなかったんだ
日向 ここで、だったら、はっきり結婚したくないって俺に言ったらよかったのにって言ったら、涼子、どうする
水野 次の瞬間、日向ちゃん、あたしの足下にうつ伏せになって倒れていると思う。うちに、腕、逆手に捕られて、うめき声も、確実、あげているな。日向ちゃん、口は災いのもとだよ
日向 そのようだね、気をつけるよ。ね、だけど、ごめん。本当に気づかなかった正直、ごめん
水野 そう、率直に謝られるとあたしも対処に困るのですが。実際、熱心に見合いや結婚を勧める親を見ていて、あたし、思ったんだ、あたしは人間じゃなかったんだ、一個の操り人形でしかなかったんだってや
日向 操り人形・・・
水野 理想の生活を託す、理想の夫婦ってやつを自分たちに見せてくれる操り人形のこと。娘はこうあるべき、こうであるはずって幻想の糸に操られていたでく人形。
それであたし、こう考えた。なんだ、あたし、人間じゃないんだ、ただの人形、なら、死ぬことなんて恐くない、だって、あたし、命のない人形なんだもの、ただ、壊れるだけ、がしゃんとお皿割って、それ、ゴミ箱にやってしまうのと同じ、簡単、簡単。って、あたし、あっさりと手首を切った。ただ、手首を横に切ったんだ、あたし、手首は縦に切らないと死にきれないって知らなかったんだ。まぁ、おかげで、今、こうやって、日向ちゃんと喋れるわけではあるんだけどね
日向 操り人形か・・・
水野 あれ、日向ちゃん、頭から糸がのびてるよ。あ、腕からも
日向 見える・・・
水野 ふふ、落ち込んだな。だけど落ち込むだけでは意味がない、自分の手で弦を引き千切らないと意味はない。まっ、さすがに、日向ちゃんも、その絃、後生大事に握ってるほどのマザコンではない。そのへん、ひょっとしたら、君付けできる可能性もある。ふふ、とりあえず、そんになわけで見合いした男と、ずるずると引きずられて結婚したわけ。ね、そこから、お皿二枚、出して
日向 え、ここ
水野 ううん、そこじゃない。もっと右
日向 ここか、ここかい
水野 ああん、もう少し上
日向 どう、ここかい。ここでいいの
水野 そ・・・。そう。ああん、いい、いいわ
日向 くだんないこと言ってないで、カウンターにお皿置くよ
水野 先に素に戻らぬよう。あたしが変みたいじゃない
日向 だけど、涼子も根は明かるいな
水野 人形じゃないもの、生きているからさ。はは

向かい合ってピラフを食べる。

水野 日向ちゃん。おいしい
日向 うん
日向独白 涼子と向かい合ってピラフを食べる。こうやって涼子と食事するの、何年ぶりだろう。そう、三人で川原でバーベキュしたのが、多分、最後
水野 こんなふうに食べるの、三年ぶりだね。あと佐伯君がいたら、昔に帰ったように思える
日向 昔か・・・
水野 うん、昔のこと・・・。楽しかったな、いつも三人で居たんだ、だから、結婚してなんだか寂しかった、あたしだけが死んでしまったような気がしていた
日向 離婚して・・・
水野 そう、すこしは息もできるようになった気がする。くだんない、別れ方で
日向 聞いたことある、涼子の亭主、一ヶ月、入院したて
水野 力、余ってね。そう、見合いした時だ、あたし、その男に言ったんだ。あたしが見合いをしたのは回りから強制されてで、あたしは結婚する気はまったくないんです。そうはっきりとね
日向 それが、その後の亭主
水野 ふふ、そう。あたしはその時点でにべもなく断わったんだけど、回りからの圧力と男に口説かれて、半分、自棄になってね
日向 考えようによっては相手も災難
水野 ふふ、仕方ないよ、わかってて結婚してくれって言うんだから。ただ、あたし、結婚を承諾する前にこう言ったんだ。あたしは名字を変えないって、あたし、夫婦別姓って考えだからさ
日向 なんか涼子らしいな、って気がする
水野 あたしの中では結婚する、一緒に暮らすってことと、姓が同じになるってことが繋がらなかったからさ。それで、もしもあたしに無断で婚因届けを出したら、即離婚する、そういう約束で結婚した
日向 先に離婚の要件を出しておいたわけか。愛の無い結婚の始まりってやつ。じゃあ、離婚した理由って
水野 やつもさ、こう言ったんだ。同感だよ、僕も思うよ、お互いが愛していれば、理解していれば、姓がどうのこうなんてたいした問題じゃないってね
日向 ちょっと、歯が浮きそうだ
水野 ふふ、それで、一年たったくらいかな、あたし宛てに税金支払いの通知が来た。やつの姓にあたしの名前。びっくりして、役所に確認したら、新婚旅行から帰って、二日目に婚因届けが提出されてた
日向 不言実行・・・ってね
水野 そう。それであいつ、開き直ってお前は俺の言うことをはいはいて、聞いていたらいいんだって喚いて、あたしの頬、一発、平手で打った。で、あたし、頭の線がぷちって切れて、右の拳であいつの顎を思いっきり打ちあげて、降ろす肘でその腹を思いっきり打ち込んでやった。あいつ、うめき声をあげて、ばたっ。で、あいつは優雅に一ヶ月の入院生活。一ヶ月も遊んで暮らせるなんて、うらやましい限り
日向 涼子、自分が空手の師範代ってこと、言ってなかったわけだ
水野 あたしはかよわい女性でございますわ。ほほほ・・・
日向 ははは、なるほどな
水野 日向ちゃん、何がおかしいの
日向 おかしいていうより、なんか、嬉しくてね
水野 何が嬉しいのよ
日向 なんかね
水野 へんなの
日向 な、涼子、まじで明日、奈々子ちゃんと遊園地にでも行こうか
水野 遊園地か・・・。もう、長く行ってないなぁ。だけど、ごめんなさい。あたし、あたし、まだ、亡くなった主人に操をたてていたいんです、あの人があたしの心の中にいてくれている限り・・・
日向 そうか・・・。じゃあ、まっ、仕方ないよね
水野 あ、こいつ。すっと引きやがって。なんて、奴。あたしのおくゆかしさが理解できてないな
日向 ね、辞書ないかな。意味の知りたい言葉があるんだけど
水野、くすぐったそうに笑う。
水野 日向ちゃん、本当にいいんだったら、遊園地に連れて行ってくれないかな。奈々子も保育園の友達が家族で遊園地に行って来たの知って、自分も行きたいってうるさいのよ
日向 では、行きましょうか。そう、お弁当は
水野 それはあたしが用意する。しっかりとお金だけ用意してくれていたら、いいから。あ、日向ちゃん、このごろ太り気味やない
日向 え、そうかな
水野 うん、日向ちゃん、ダイエットしたほうがいいよ。明日から、お昼抜いたら、そしたら痩せる
日向 言ってくれるな。明日は、俺、スポンサーだよ。ジェット・コースターが遠のいて行くよ
水野 はは、それは困る。なら、腕によりかけて、作ってあげるから、楽しみにしていて
日向 本当に涼子は・・・。なんか、思うけど、結婚云々に関しては、確かに情けない俺に問題がある、だけど涼子の所為でもあるんじゃないかな。女性不信やとか、色々と
水野 なんだ、日向ちゃん、今頃気がついたのか。本当、日向ちゃんって鈍感やな
日向 なんだかな、まっ・・・、いいけどね。じゃあ、明日
水野 うん、明日
カウ・ベルの音
水野 あれ。佐伯君、どうしたの
佐伯、空元気を出して。
佐伯 いや・・・。清水さん、送っていて、帰りにちょっと覗いてみようかなって、ははっ
日向 佐伯・・・、まじで。まぁ座れよ
佐伯 あぁ
佐伯座る。
水野 佐伯君、一体、何があったの
佐伯 清水さん、送って行って、家の前で別れた。それだけ
水野 なんかおかしいよ、隠してるな。ひょっとして、清水さん、家に送って行ったら、元彼氏が待っていて、で彼が謝って、彼女は佐伯君にご面なさい・・・、そんな運動会のリレー競争みたいなこと
佐伯、一つ、吐息を漏らして。
佐伯 涼子、冴えてるな
日向 で、素直に帰って来たと・・・
佐伯 彼女。あいつの顔見て、あんな幸せそうに笑みを浮かべられたら、俺・・・
水野、溜め息ついて。
水野 すごすごと帰って来るなんて、あきれてものも言えないけど・・・
水野 よし、佐伯君、あらため佐伯ちゃん、明日は奈々子と四人で遊園地いこう。思いっきり遊び惚けるから佐伯ちゃんも軍資金、しっかりと用意するように。ではここ朝8時集合。おやつは五百円以内
佐伯 おい、急に、そんな・・・
水野 佐伯ちゃんの明日の予定は、全部キャンセル。言うこときかないと、あたしの鉄拳が炸裂するよ
日向 佐伯
佐伯 ん・・・
日向 俺等って、つくづく不幸な星の下に生まれついたみたいだな
佐伯 あぁ、俺もそう思う。だけど、なっ
日向 そうだな
日向・佐伯 まっ・・・、いいか
水野、小さく笑う。

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