かがみ

オーディオ・ドラマ用シナリオ
かがみ
物部俊之

登場人物


男1
女1
子1
子2
女の子

 


女、一人呟くように。
女 夕暮れ最中(さなか)の公園は子供達のはしゃぐ気配だけが騒がしい
・・・なんだか、にぎやかでいいね・・・


微かに風、葉擦れの音。
女 夕暮れ時、茜色に何もかもが染まりゆくひととき、あたし、高台の、遠く海の見える公園のベンチに一人座っている
懐かしい公園、小さなブランコ、空の色が何もかもを紅く染めて、あたしの手のひらまで紅く染めて、あぁ、吐く息の白さまですっかり紅くなっている
だからかな、遠く、海の向こう、消えていく小さな船の灯りの白さが妙に現実的なんだ。
あの船、何処まで行くんだろう

女、ふっと呟くように。
女 別に理由なんかないんだ、本当に
回想のように。
規則正しく、ブランコのきしむ音。
女 ブランコ・・・、あたしが揺らしているんだ・・・。乗っている子供は誰だ。・・・そうだ、この小さな背中はあたしの子供だ
男一 何が虚しいってんだ、甘えるな。それとも、俺との結婚が失敗だったとでもいいたいのか
女、優しく子供に語りかけるように。
女 ブランコは楽しいかい、身体が揺れると素敵だろう
女一 あなたには愛情というものがないのよ。自分の子供が可愛くないの、厭なの、嫌いなの。何とか言いなさいよ
女、優しく、静かに。
女 母さんが子供の頃、いつも、父さんがブランコ、揺らしてくれてたんだよ
男一 働きたいだと、俺の稼ぎが不満なのか。お前なんかに何が出来るというんだ
女、優しく、静かに。
女 ブランコに乗ってると不思議だろう、なんだか、空を歩いているような気がするんだ
女一 あなたが子供を生むということが間違いだったのよ。あなたはね、母親失格なの、人間失格なのよ
女、優しく、静かに。
女 そうか、そうだったんだ。あたしは母親失格なんだ、だからあたしは母親じゃない、じゃあ、君もいないんだよ、何処にも。君は間違えて生まれて来たんだ、だから、そっと君の首を締めて、君を帰してあげるよ
女、呻くように。
女 嫌だっ
女、荒い息。

いくつもの重なった子供達の笑い声が風に乗ってやってくるような音。
老人(男)登場、ただし、ふっとそこに現れたような、始めからもう居たのだというような感じで。
男 隣り、いい、かね・・・
女、息を整えて。
女 いつの間にだろう、おじいさんが一人、あたしの隣りに座っている。リュックに風呂敷包み、片手には大きな紙袋二つ。俺は全財産持ち歩いてるって人だ
男 あんたも会いに来たのかい、奴らにさ
女 奴らって・・・
男 そうか・・・。お前さんは迷い込んで来た口か。まあ、これも何かの縁(えにし)というやつだろうな
女 迷い込むって、あたし・・・
女 話が見えてこない。でも、おじいさん、一人納得したとでもいうように笑みを浮かべる、そしてゆっくりと背もたれに身体を預けて、目をつぶった
男、一人呟くように。
男 わしのような年寄りになると、なんだかいいもんなんだよ。子供らのはしゃぐ姿を見ているだけでな
女 独り言、それともあたしにそう言ったのか。なんだか、幸せそうな顔、・・・してる
男 わしの顔に何か、ついているのかい
女 あっ、ああ。いいえ
男 そうか。ん、もしも、おまえさん。わしに一目惚れしたのなら、悪いが諦めてくれ。わしは独りが気楽でいいんだ
女、少しくすぐったそうに笑って。
女 あたしも・・・、そう、です・・・
女 茜色に染まるおじいさんの寝顔、なんだか屈託のない子供のようにやわらかで静かだ


男、起きたような、起きていないような。
男 おぉ・・・、来たな
鈴のような音。微かに子供達のざわめき、笑い声。波のようにうねるようにやってくる。基本的に、あまり子供達は存在感のないような感じで。ざわめきや笑いの中から言葉が浮かびだしていくように。きらめく漣のように。
子1 何処まで行くんだい
子2 8年と7ヵ月先
子2 君はどうなんだ
子1 16年も先なんだ。大変だよ
子2 そっか、大変だよね。まっ、楽しんできなよ
子1 うん、そうだね
子2 あれ、あの子は・・・
子1 ううん、いいんだって

女 子供達が幾人も幾人も鏡・・・、鏡を持って公園にやってくる。なんなんだ、これは・・・
男、寝入りそうな声で。
男 朽ちた洗面台からはずしてきた大きな板鏡、母親の目をぬすんで持ちだした赤い小さな手鏡、割れた鏡のかけら。あれは・・・、少しひびの入った車の室内鏡(しつないかがみ)、おやじの車を悪さしたんだな
女 まるで、おじいさん、思い出すような口振りで言い当てていく
無数に鳴る鈴の音と子供達の微かなざわめき。
女 あの子供達は
男 ん・・・、あぁ、・・・だな
男、独り言のように。
男 身体が浮かんでいくようだ、うむ、いい気分だ
女、静かに。
女 鈴の音(ね)と子供達のざわめきがいくつもいくつも重なって、これはきらきら輝く海の漣(さざなみ)だ

女、戸惑いながら呟くように。
女 海の・・・、面(おもて)だ。茜色の空をそのまま映す海の上、ベンチに座ったままのあたしとおじいさんが浮かんでいる
男、静かに。
男 いくのさ、ああしてな
女 おじいさん・・・
女 あ、子供達が茜色の海の上、手に持った鏡を紅く燃える空に向けた
男 歳を取るとな、新しいことが覚えられなくなる。だがな、古い記憶が妙に頭の中に浮かんで来たりするものなんだ。お前さんはまだ思い出せないだろうな
女 思い出す・・・
男 鏡から茜色の光が水のようにこぼれていくだろう
女 あぁ、光が子供達を包んでいく
男、感情を抑えるように。
男 大人達の醜い言葉が子供達の体も心も縛り付けていく。無理だとか、できるはずがない、当たり前じゃないか、そんなつまらない言葉が子供達を殺して行くんだ。
女 おじいさん・・・、泣いているの
男 わしもあんたもそうだ、大人なんて愚かなもんなんだよ、悔いてもどうしようもないのだがな
女 背中をまるめて息をするのをこらえている。おじいさんの背中、これはあたしの父親の背中と同じだ、あたしの、あたしの父さんの懐かしい背中だ。
女、呟くように、自分自身に語りかけるように。
女 ・・・お父さんがブランコに乗ってよ、あたしが押してあげるからさ。・・・父さん・・・
男、呟くように。
男 だがな、そんな言葉を知らない、覚える前の子供達には不可能なんてものはないんだ、ほら、子供が一人、二人、次々と消えて行くだろう
女 あの子たち、何処へ・・・
男、平静を取り戻そうとしながら。
男 ああ、そうか、お前さん、そうだったな・・・。
奴らは光になって鏡の裏側から自分達の未来に行くのさ。ほんの些細な、だが、奴等にとっては切なる思いを込めた悪戯という奴を仕掛けるためにな
女 悪戯・・・
男 奴等は自分達の未来が気がかりで仕方がないらしい
女 自分達の未来・・・
男 どんな人生を過ごすのか、どんな思いで暮らさねばならないか。ふむ
女 そうだ・・・、思い出した、子供の頃から消えない手のひらの傷、これは、これは・・・

ブランコのきしむ音。
女 あれは・・・
女 子供だ、子供が一人、ブランコに乗っている、あの背中は・・・、あたしの、あたしの子供だ。
あぁ、あたしの手が・・・、手だけが、遠く身体から離れていく、そして、あの子の首を、首を・・・
女、静かに。
女 やめて、お願い。もうやめて・・・


女 君は・・・
女 鏡のかけらを持った女の子が一人、あたしの前で微笑んでいた。
女、呼びかけるように。
女 おじいさん・・・
女 どうして・・・。いつの間にか、おじいさんの姿が消えていた
女 女の子、にっと笑みを浮かべるとあたしの横に座る
女 あたしだ、この子。子供の頃のあたしだ。子供のあたし、安心しきってあたしの腕に身体を預けている
女 そっと頭をなでてみる、なんだろう、自分の頭をなでているみたいだ
女 あ、あたしに笑みを浮かべて、空を指さした
女 空・・・。透き通る透明な藤色の空だ
女 そうだよね、なんだか、あたし達の身体も透明になっていきそうだ
女 子供のあたし、ほんの一瞬、淋しそうな笑顔をあたしに向けた
女 ・・・ごめん、ごめんね
女 あたしを見上げたまま、悪戯げにちょっと舌を出す。そしてあたしに鏡のかけらを差しだした。これ・・・、そうか、そうだったよね。公園で父さん、危ないって、よく怒ってたよね
女、静かに
女 はは、そうだったよね

女 あたしと子供のあたし、二人、鏡の両端を持つ
鏡の割れる、澄んだ鋭い音。
女 二つに割れた鏡、子供のあたし、そっと笑みを浮かべ、鏡を向かい合わせる。手のひらの切れた二人の血の色か、それともさっきまでの茜色の光なのか、二つの鏡を紅い光が架け橋のようにして繋げていく
女の子の声。できれば女と同じ声を幼くしてくれると嬉しい。
女の子 約束だよ。・・・ね、あたし

女 月明かり照らす公園のベンチ、あたし、独りで座っている。
そして、あたしの前には笑顔を浮かべた子供が一人。あたしの・・・、子供だ
あたし、ゆっくりとベンチから立ち上がって、手をさしのべる。あたしの傷ついた手が紅く染まった鏡のかけら半分を握っていた
そしてこの子の手にはもう半分の鏡のかけらがある
女、やわらかく。
女 え・・・、うん、いいよ
あたし、半分になった鏡のかけらを渡して、思いっきり、思いっきり抱きしめる
心配かけて・・・、ごめんね

 

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