仕事と関係ないこと アドラー心理学が劇薬と言われる所以について 1/3

アドラー心理学が劇薬と言われる所以について 1/3

ということで、この頃、入り込んでいるアドラー心理学について知ったかぶりをしようと思う.

アドラー心理学について、例えば以下のページとか
「アドラー心理学」超入門〜すべての人間関係はヨコの関係である
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51291

ただ、私がアドラー心理学を知ったのは昨秋のNHK 100分で読む名著 人生の生きる意味の心理学 アルフレッド・アドラー を見てからであるので、半年も経っていないということは、始めに書いておく必要があると思う.

さて、当の番組でもアドラー心理学は劇薬である、とされた。実際、私自身もその本を読んで、がつんと幾度も頭を殴られた、そんな気分である.
アドラー心理学の要点の一つに「原因論ではなく、目的論を採用しよう」とある。
これは、あなたがもしも苦しい、辛い状態にあるとするなら、それは過去の過ちやトラウマにその原因を求めるのではなく、未来の目的のため、あなたはその苦しい、辛い状態を選んでいるのだ、だから、もし、現状を変えたい、良くしたいと思うのならば、決心している目的を取りやめ、新たな目的を見つけよう、自分が良くなるような目的を見出そう.過去は変えられないけれど、未来はあなたが変えるのだよ、変えることができるのだよ。だから、あなたは幸せになることを選ぶことができるんだ。

ここまでなら、劇薬というより、砂糖や飴玉、心地よい話である.経験はないけれど、自己啓発セミナーなんかは、こんなことをホワイトボードを前にして語っているのではないかなとか思ったりする.

この「原因論ではなく、目的論で」、なんだか、とっても前向きで気分の良い文言であるけれど、アドラー心理学では無意識ということについて、非常に厳しい、それによって、この、目的論という考え方も非常に厳しいものになる.

「無意識で、つい」、「ちょっと、ぼぉっとして、うっかり」、「ついつい、知らない間に」、言い訳の接頭語がわりに、こういった文言を使ったことがないという人は少ないだろう.つまりは、わざとじゃないんだら、許してくれよ、と言っているのだけれど、アドラー心理学はそれを許さない.
アドラー心理学をアドラー自身は個人心理学と呼んでいたらしい。
この個人とは分割できない基本単位という意味合いである.
つまり、無意識もあなたという個人のうちにあり、意識的にすることと同じく、その責任はあなたに帰属するという考え方だ.
単純に言えば、無意識でやったということも、あなたの責任だよ、ということである。

つづく