女の子はアインシュタインなんか知らなくていい?、いや、知った方がいいと思う

女の子はアインシュタインなんか知らなくていい?、いや、知った方がいいと思う

辛いこと、しんどいこと、悲しいこと、傷つくこと、その時どきとして、受け入れざるおえないことも多いけれど、どうやって、それを解決したり、先延ばししたり、帳尻をつけたりするのかというと、それは「言葉」かなと思います.そして、回りがどれほどの言葉を繰り出しても、本人の中にある言葉に呼応しないと、回りも徒労に終わり、疲弊すると思っています.

女の子はアインシュタインなんか知らなくていい?

http://www.huffingtonpost.jp/masami-ohinata/women-should-know-einstein_b...

傷つけるのも言葉、救うのも言葉、女であるか、男であるかは関係なく、出きるだけの言葉を学び、理解すること.そうすることで、救われる可能性が増すと思うのです.

「女の子は」、の記事に私が関心を抱くのは、その記事が問うているその歌に女の子を一人の人間として見ていないことに苛立つからです。
辛いことや傷つくことがあっても、それを理解できない鈍感であれ、王子様を待ち焦がれよという考え方がその根底にあることが腹立たしいからです.
心が本当に傷ついてしまったとき、それを救い出せるのは「言葉」であると私は考えます、心に傷を負った人に、多くの人が言葉は無力であると思うかもしれません.それは、傷を受けた側に言葉が熟成していないからです。
たくさんの言葉を理解することで、学ぶことで、自分で考えることで、傷つくことをふせぐこともでき、また、傷を癒すこともできると思っています.

上記記事は少し違う方向で書いてみました.同じことを書いても仕方がありませんから.