2016.02.01版 白粉花 朗読用小説

雨上がりの夕刻、古い街並みを宿へと向かい、ゆらりゆらりと歩く。
遠くなった友人のおとないを、ようやっと得た帰りだ。
ふと、甘やかな匂いがした。なんだか、とても、懐かしい。 ああ、これはと気がついた、白粉花だ。
つんとくる甘やかな匂い。 京都は花見小路辺りを歩けば、すれ違う舞妓芸後の白粉の香り。それに似ていることを由来とするのだろうか。雨上がりのせいだろう、空気中の水分が白粉花の匂いをすっかり取り込んで、密に充満しているのだ。
思い出す、多分、小学校あがるかどうかの歳だったろう、見上げる本家の門、向かって左にたくさんの白粉花の赤色が咲いていた。多分、今のような雨上がりの夕刻だ。
そして、気づくと、姉と慕う二つ上の従姉が、白粉花の隣に佇んでいたのだ。 珍しく着物を着た従姉は、花を一つ摘み取ると、そっと根元を口に含む。
「とってもね、甘いんやよ」
そう言って、美しい顔に笑みを浮かべた、白粉花の赤色のせいだろうか。笑みの隙間からのぞく八重歯が鋭く、なぜか私はここで死ぬに違いないと覚悟した。
その後のことはまったく覚えていない。その情景だけが強烈に私の中にある。 もちろん、まだ、私は生きている。 今年の初めに、本家は新築となり、その頃の面影はない。 多分、従姉に問うても、覚えてはいないだろう。 今となっては、事実として、それが本当にあったことなのか、私の脳が産み出した幻想か、確かめる術はないし、また、その必要もない。
仮にそれが事実ではなくとも、それが、私の真実であることに違いはないのだから。