映画『ミンヨン 倍音の法則』を観た 仕事と関係のないこと

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長い、長いと聞いていたが、確かに長かった、お尻は痛かったが、飽きはせず、映画に引き込まれた。

ミンヨン 倍音の法則を観る。今日が最終日である、作業着のまま、観に行った。
テレビのインタビューなどで、「では、一言で言うと」、などという問いかけがあるが、この映画を一言で言うのは難しい、佐々木昭一郎氏の、母へ宛てたラブ レターだとも言えるし、佐々木氏流の反戦映画でもある。また、時間軸を自由に重ね、それぞれ別であるはずの人物を融合させてしまう手法は凄いなと単純に思 わせてくれる。
そして、韓国の人であるミンヨンを軸足に置きながらのこの映画は、にわか鶴見俊輔ファンとしては、あぁ、なるほど、そいうことだよなと納得いく部分も多々ある。

さて、佐々木ドラマファンの一人として、ミンヨン 倍音の法則を、佐々木ドラマとして観たとき、何をどう言えばいいのだろうと考える。
なかなかに騒がしいなと思う、喋り過ぎだぁと思ってしまう。そこは、映像で表現して欲しいと思ったりするのだ。でも、随所随所に、佐々木ドラマが顔を出す のも実際であり、つまりは、佐々木ドラマファンの映画監督が佐々木ドラマを随所に取り入れ、結果として、随分と長い映画を撮ったのだよ、という印象もあ り、それを思うと、佐々木氏は自分自身が本当に好きなのだなぁ、などと、勝手なことも思ってしまう。

私は映画やドラマを分析解析して表現する能力はないので、個々の場面についてのことを書かないけれど、映像と音によって人物たちの内面や過去を推測させるというより、ミンヨン 倍音の法則は言葉で語りかける形でメッセージを伝えようとしている。
そう考えるなら、とてもラジオドラマ的な映画なのかもしれない。
多分、佐々木ドラマファンである私は、ちょっと疲れるかなとも思う。ただ、私は中尾幸世ファンであるので、中尾幸世ならば、どんな映像になるだろう、それは叱られるかもしれないけれど、ちと思う。

好きな場面は、砂浜を歩く牧師が時計のついた十字架を投げ出した場面だろう、私は年寄りなので記憶が曖昧だけれど、red sky だったか、fire sky だったか、私は言葉と映像に、その空が想起されて、残酷も、恐ろしくも、美しい真っ赤な空を思い浮かべた。私には、とても強烈な場面だった。

初めて立誠シネマに行った。小学校の廃校を利用している。卒業記念のレリーフなど、至る所に小学校の痕跡が残る、木造の校舎でもあり、懐かしい気がする。
私が通った小学校、中学校が木造校舎でもあったので、雰囲気がとても懐かしく感じられるのだ。
次の上映映画のパンフレットをいくつかいただいた。
なかなか、面白そうである。