NHK プロフェッショナル 仕事の流儀を観る

NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
第283回 2015.12.07 放送 一徹に直す、兄弟の工場 自動車整備士 小山明・博久

たまたま、NHKのそのテレビ番組 プロフェッショナル 仕事の流儀 を観ました。
神の手を持つ自動車整備士を取り上げていた。先日、再放送があったので、きっちり、録画をする。
同じ職種である、関心のないはずがない、ただ、残念ながら、神は遙かに遠く、私はただの凡夫でありますけれど。

観た範囲内の話であるということを、まずは断った上で少し書いてみます。
この仕事の仕方、向き合い方は私の父親と同じだなと思いました、もう亡くなって11年が経つけれど、機械が好きで、測定機なども、似たような工場よりも、遙かに多く備え、一部からは名人と呼ばれていました。
名人の子供の多くが凡人であるように、例に漏れず、私も凡人、哀しくも凡夫であり、神の手などと、遙か及ばない。
ただ、テレビ番組を観て、強く思ったのは、まっ正直に修理・整備と取り組む、この姿勢を貫くことこそが、神の手と賞賛される所以であるということは思います。
裏返してみれば、整備業界全般が一般にどう思われていれのかという、問いかけでもこの番組はあるのだと思うのです。

お客様に納得のいただける整備をしましょうというのが、整備業界の共通認識の一つだと思っています。
私はそれは逃げであり、専門性の放棄であると思っていたりします。
整備士というのは、それなりに系統立って勉強をし、日々、作業を経験している専門家である、私だって、その端っこの方、末席にしがみついている、ぎりぎり、一応は専門家であります。
つまり、お客様が納得すると同時に、整備の専門家として、自分のした仕事に納得いくのか、この問いかけこそが、まっ正直に修理・整備をする専門家であるということを担保する唯一のものだと思うのです。

ま、こんな堅いことばかり書くからか、私はどうも煙たがれているようだけれど、それは仕方がありません。社会における中年男の存在意義は社会に疑義を差し込み、よりよい社会を構築する手助けをするふりをすることであると思っているのですから。

幸い、録画しましたので、繰り替えし観て、自分自身を鼓舞していきたいと思っています。