「さみしさは彼方」 奥田直美 著 奥田順平著 岩波書店を読む

京都市内で古書店を営む夫婦が著者です。 著者が二人というエッセイ集は、やわらかな音楽を聴いている、そんな気分がして少し楽しい。

それぞれの息の長さの違いがリズムやテンポを産みだします。

二つの息が併走する、前後しながら揺れながらも進んで行く。

私の友人は二つの音が交差するのを「あやなす」というけれど、息があやなすというのはこういうことなのだろうかと思うのです。

著作権の問題に翻弄されるのは避けたいので、引用はしないけれど。

p67 「さつまいもBOX」

なにやら、気づかう人達の優しさと少しの滑稽さが嬉しくてほっとする。私は「苦海浄土」を読んだあと、どの本だったろう、石牟礼道子が大きな旗を掲げ、道の中央に真っ直ぐ立つ遠景の写真を見た記憶がある。

私はそれを見て、厳しくて怖い人だと思っていた。

でも、心の深い人だったのだなぁと思いなおす、もっとも、そうでなければ、あのよう作品を書くことはできなかっただろうけれど。

p75 体育がきらい

あぁ、これは大いに同意です。

私も体育は嫌いであったし、いま、現在も、スポーツはしないし、観戦もしない。三木清の「人生論ノート」でいうなら、私は不幸な人間なのかもしれない。ひそかにそう思っています

多分、私はみんなで一丸となって頑張りましょうというのが苦手で下手でもあるのだ。だから、失敗して責められるのが怖いのだ。そう考えています

もっとも、私も年を随分と取りまして、言い訳を使うようになりました。

「間違いの少ない判断をするためには熱狂から乖離し冷静さを保つ必要がありますから」

この言葉で自分を世の中から守っています。

さて、二人のエッセイは読んでいてとても心地よく(刺さるところもある)、それは丁寧な生活をされているからかもしれません。

話によると、水俣に移転されるとのこと。あと、一度くらいは天井にぶつかる本棚を眺めてみたく、私は鶴見俊輔の本が好きなので、多分、あるのじゃないかと発掘したい気分もあります。まだ、持っていない本がるなら買いたい

とりあえずは、今後、月イチくらいで、ネットショップで本を購入することになるかなと思っています。

言祝ぎつ、これにて

さみしさは彼方 カライモブックスを生きる https://www.iwanami.co.jp/book/b619876.html

試し読みもできるようです。